神を造ったのは誰か

【問3】天地万物を創造し、人間を造られた神様なら、その神様を造ったのは誰か。いつ、どこで神様は生まれたのか?

私にも人並みに非常に懐疑的な学生時代がありましたが、その頃なら皮肉たっぷりにこう答えていた事でしょう。「神様を造ったのは、そりゃあ人間だよ。人間様の心の中でお生まれになったのさ。」
実際、人間によって作り出された神が多すぎます。一人一人が自分好みの神々を心にもっている、といってもおかしくないほどです。
その、神々は
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《1.人間の都合に合わせて創作された神》
人間の必要に奉仕する召使いのような存在です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《2.人間の恐れや不安から生じた神》
自然現象への畏敬や、暗闇・病気・災いなどへの恐れから人の心に生まれた神。罰を与える神。人間存在への矛盾や苦悩を解消するために存在が要請された神。
*1.2とも多くの場合、偶像の表現をとります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《3.宇宙の合理性を説明するための神》
究極的に神が存在しないと説明がつかないため、その存在が要請された非人格的な神。宇宙の法則としての神。理神論の神。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《4.神は存在しないと信じる人たちが、頭の中で思い描いている神。》
最初からその存在が不合理に描かれている神。神に無関心な人が、様々な情報をごちゃ混ぜにして、ぼんやりと描き出している神。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その他にも人間の側の必要性から生れた様々な神々があることでしょう。それらもすべて人間によって創られた神様です。
しかし、クリスチャンが信じる聖書の創造主なる神は、もちろん人間の創造の産物ではありません。では、その聖書の神というのは誰が造ったかということになりますが、誰も造りはしないと答えるほかありません。
次の二点をご理解ください。

【1.神は唯一の存在】

神はただおひとりです。その唯一なる神を造ったのは誰かと問うのは、実に無意味であり、また質問自体が矛盾しています。唯一の神を創造した創造主がいるとすれば、もはや唯一の神は唯一と言えなくなります。かりに、そんな二番手の創造主を認めたりすると、「では唯一の神を創造した創造主を創造したのは誰か」と問わなければならなくなります。そして、この質問は無限に続くことになります。

【2.唯一なる神は因果法則に支配されない】

宇宙に存在しているもののすべて、そしてそこで起こるすべての事象には、必ず原因があり、結果があります。しかし、その宇宙の因果法則を、その宇宙と法則を創造された神自身に適用することはできません。三次元空間の時間の流れの中に、創造主なる神を引きずり降ろして、そこでしか適用しない因果法則を創造主にも適用しようとするのは、人間の思い上がりです。
神が存在するのは、何かの原因や作用の結果ではありません。神ご自身が全ての存在の第一原因なのです。
神は、永遠なる存在です。永遠とは、変化して行く時間の流れの中にはないということです。すべて時間の中にあるものは因果法則に縛られ、始まりと終わりがあります。しかし、永遠なる神には、始まりも終わりもありません。造られることも生まれることもなければ、死ぬこともありません。造られることも生まれることもなければ、死ぬこともありません。神は、この宇宙の変換とは無関係に、ただ存在されるのです。
出エジプト記3章14節で、神は御自身の名を「わたしはある」(ヤーウェ)だと語っておられます。神は存在そのものであり、その他のすべての存在をあらしめた根源的存在です。神は創造主であって、神を造ったものはいないのです。