進化論を否定するのは時代錯誤か

【問11】今時、進化論を否定するのは、時代錯誤ではありませんか?

聖書は、創造論の立場に立っています。しかし、教会が進化論を受け入れないのは、単に聖書が進化論を否定しているからだけではなく、進化論が科学的に根拠がないからでもあります。
仮に、あなたが血を浴びてたまたま死体のそばに立っている所を発見され、犯人にされたら、どうしますか。「冗談じゃない。私は偶然、現場に居合わせただけだ。第一、私には”動機”がないし、凶器などの”物的証拠”もないじゃないか」と反論なさることでしょう。私も、同じことを進化論に対して言いたいのです。

【1.進化論にあるのは情況証拠だけである】

進化論の祖ダーウィンは、どの生物もその種族の維持存続に必要な数以上の子供を生むことや、個体に差があることと行った情況から、そこに生存競争が起こって、適者だけが生き残って行くという仮説(自然淘汰説)を立てたに過ぎません。実際の自然の中に、その説を実証するような証拠を一つでも発見していたわけではないのです。現在もそうです。分類学的説明(系統樹)、発生学的説明(個体発生は傾倒発生を繰り返す)なども、進化の情況証拠であって、進化の事実を証明したことにはなりません。

【2.進化の動機、メカニズムが証明できない】

進化に「動機」はない、つまり進化は「偶然」であるといわれます。そして、その偶然のメカニズムを説明するために唱えられているのが、進化論の二本柱である突然変異と自然淘汰なのです。
しかし、突然変異はきわめて稀であり、ほとんどが遺伝子の複製の失敗によるできそこないであり、また劣性です。しかも、突然変異は偶発的で無秩序で方向性がありません。つまり環境に適合するような方向に変異するわけがないのです。こうしたことから、突然変異は、進化の要因にはなり得ないことがわかってきました。
自然淘汰については、現実の自然界で自然淘汰が働いたという例証は、現在もほとんど皆無です。同じ種の中のわずかな個体差が生存競争に有利に働くという考え方自体が、疑問視されるようになってきています。ましてや大進化(例えば、爬虫類に羽が生える)となると、実証のしようがありません。結局進化論は、何億、何十億年という「時間の長さ」と「偶然」という不確定な要因に頼るほかないのです。

【3.進化論には「目撃者」がいない】

進化は、少なくとも何十万年もかかるということなので、実験や観察ができません。というより、観察ができないから、強引に時間を引き延ばして、つじつまをあわせようとしている、と言った方がいいかもしれません。目撃者はないが、偶然でも三十億年もかければ、単細胞生物がヒトにまで進化するには十分だろうと信じるのです。確かめたことも「見た」ことのないものを確信するのは科学ではなく、信仰です。

【4.進化論には確かな物的証拠がない】

進化論の唯一の物的証拠とされるのは、化石です。しかし、化石は両刃の剣であり、中間化石がないことは、逆に進化論に不利に働いています。ある種からある種に変化する際にたどるはずの、様々な段階での変種の化石は発見されていません。中間化石だと唱えられているものは、結局のところ、一つの固定した種に過ぎません。例えば始祖鳥は爬虫類と鳥類の中間種といわれていますが、明らかに固定種であり、また爬虫類や鳥類の分類を作ったのは人間であって、そういう分類の仕方をするから中間種に見えるに過ぎません。そして、長時間かけて進化してきたのなら、もっと細かい中間種があって当然です。
つまり化石は、むしろ種は種として固定していることの物的証拠なのです。

【5.進化論はエントロピーの法則に矛盾する】

進化論は、「無秩序なものが次第に秩序あるものへと自然に変化する」という説です。物質の中にそのような性質があるというのです。しかしそれは、「すべて秩序あるものは無秩序なものへと非可逆的に変化する」というエントロピーの法則と真っ向から対立します。しかも、この法則は、この宇宙で唯一の絶対的物理法則と認められているのです。進化論は、宇宙の大筋から言っても、根拠のない仮説だと結論付けることができます。