神のみ心を知るには

【問34】クリスチャンとして神のために何か自分に出来る最高のことをしたいと思っています。しかし、私にとって具体的に何をすることが神の御心なのか祈り求めてもはっきりつかめません。神が私に何を望んでおられるのか、どうすれば分かるのでしょうか?

神に喜ばれる最高のことをしたいという願いはとても大切です。これを失ったら死んだクリスチャンになってしまいます。時や状況に流されることなく、しっかりとその願いを持ち続けてほしいと思います。
そこでまず知っていただきたいのは、神に喜ばれる最高のことは、一人の罪人が悔い改めて神に立ち返ることだということです。神の愛や偉大さを証することによって、人々をキリストに導くという目的に明確に焦点があっていなければ、神のために偉大なことをなすことは不可能です。
では、あなたが具体的に何になり、何をすることを神は望んでおられるかということですが、それを知る手がかりは決して限定されていません。
神が祈りの中で示してくださることもあるでしょう。尊敬すべき人物から霊的感化を受けて、自分の使命を知ることもあるでしょう。出会いを通し、事件を通し、あるいは自分の置かれている環境や状況から知ることもあるでしょう。多くの道が一つ一つ閉ざされて、進むべき方向が明らかになってくる場合もあるでしょう。
神は一つの方法だけではなく、様々な方法を通して語られます。一つの方法に固執してしまうと、かえって道を誤る可能性があります。あなたが祈り求め、注意深くあれば、必ず自分のなすべきことに出会うと思います。
私自身は、自分のなすべきことを知るために、正しい方向に導かれるように祈った上で、次のようにしてきました。

《1.どこにどんな必要があるのかを知る》

罪に苦しむ私たちの社会には、クリスチャンの信仰と愛を必要としている多くの問題があります。まずその必要を知ることです。よく「人の気持ちを考えてみろ」と言いますが、クリスチャンは「神の気持ちになって考えてみる」ことです。ひとり子をも惜しまずに世を愛された父なる神が、人間社会を見て何を悲しんでおられるか、神の心を自分の心として周囲を見渡せば、どこにどんな必要があるか分かるはずです。私たちを必要としている人や働き場所が見えてきます。

《2.自分の適合性を判断する》

次に、必要とされていることに対して、自分がふさわしい人間かどうかを判断する必要があります。過去の体験、受けた訓練、性格、神からの賜物、経験者の意見などを、冷静に検討して自分で決定します。熱情だけで突っ走ってしまうと、惨めな結果に終わることが多いようです。

《3.熱情を感じるかどうか》

適合性を考慮せず熱情だけで動くのも危険ですが、適合性があっても、熱情を感じないことに踏み込むのは避けるべきです。

《4.知己の賛同があるか》

自分をよく知っている人たちから、賛同を得られるかどうかも重要です。より客観的な判断が得られます。特に、通っている教会の牧師から賛同を得られない場合は、再考した方がいいと思います。もちろん、最終的に決定し、責任を取るのは自分自身ですが。
神のために最高のことをなす道はいくつでもあります。まだだれも通ったこともない道もあります。神はあなただけができることを必ず用意なさっています。信仰と熱情をもって、まず小さな必要を満たすことから始めて下さい。その過程で、あなたしか満たすことのできない大きな必要が見えてくるはずです。