ガンは告知すべきか

【問38】知人のご主人が癌で半年ももたないと言われたそうです。知人は主人に知らせるべきかどうかと悩んでいます。どういうアドバイスをしてあげればよいでしょうか?

不確実性に満ちた私たちの将来に、ただひとつ確実なことがあります。それはいうまでもなく死です。誰も死を免れることは出来ません。にもかかわらず、私たちは死を口にしたり考えたりすることは不吉なこととして、死を正面から見つめることはあまりしません。死ぬまで死のことは忘れていたいのです。これでは、しっかりとした死生観は育ちません。
しかし、癌を告知すべきかどうかは、当事者たちが死をどれだけ見つめ、どのような死生観をもっているかにかかっているのです。キリスト教を土壌として比較的しっかりとした死生観をもつ欧米人は、大半が告知すべきだと考えていますが、死を見つめたがらない日本人は、告げない方がいいと考える傾向がまだ強いようです。
もし、あなたの知人の御主人がしっかりとした死生観をもっておられないなら、知らせないほうがまず無難です。人によっては、自分の死を正視するのを恐れて自殺するケースもあるからです。また自分なりの死生観をもっていても、「死んだら一切おしまい」という考え方なのであれば、やはり告げない方がいいかと思います。告げても死を克服する方法がありませんし、いたずらに絶望に追いやる結果になるからです。こうした方々には、死の告知よりも、キリストの福音と復活の希望を伝える方が先決です。
しかし、永遠の命と復活を信じているクリスチャンであれば、医師の診断を知らせてあげることは、むしろ私たちの義務ではないかと考えます。もちろん一時的には動揺なさるかもしれませんが、やがては死を受容し、残されている時間を神のため人のため自分のために、最大限に有意義に使うことが可能になるからです。自分の人生のまとめをする時間的余裕を得、信仰の証を残すこともできます。
「死、新たなる生」の著者原義雄先生は、知らせたほうがよいケースとして次の7つを挙げておられます。

①しっかりした信仰・生死観をもっている人、過去に様々な苦労に耐えて来た人

②暖かく励ます家族、友人、信仰の友がいるとき

③片付けるべき仕事が残っているとき

④本人が知りたいと願っているとき

⑤家族も知らせたほうがよいと思うとき

⑥打ち込むライフワークを持っているとき

⑦少しは希望のある治療法が残っていて本人に協力してもらいたいとき

また知らせないほうがよいケースとしては、その反対に

①まだしっかりとした死生観をもっていない人

②死を極度に恐れている人

③気の小さい人

④ライフワークをもっていない人

の場合などを挙げられています。

死のときは、クリスチャンでない人には、永遠のいのちを得る最後にして最大のチャンスであり、クリスチャンにとっては信仰の証をする絶好の機会です。死に直面している人たちが、人生最期のときを最大限に生かしきれるように配慮してあげるのが、私たちクリスチャンの役割であると思います。
死は人生の締めくくりです。最も大切なときです。私たち自身に関しても、いつ死に臨んでもよいように、復活の約束をしっかり握っておかなければなりません。クリスチャンにとって、自分の平安な死に方は未信者への証にもなります。また、最後の時間を死の準備に使えるように、自分の場合は告知をして欲しいと、予め家人に頼んでおくことも必要ではないかと思います。