現代哲学や価値観は本当に新しいのか

世の中には様々な哲学が存在します。ネットニュースを見ていると「こういう考え方をすれば人生を楽しく過ごせる」という趣旨の記事が毎日のように出ています。またテレビやYoutubeには沢山の哲学者や評論家が出てきて自分達の哲学を披露し、意見を戦わせています。しかしよくよく聞いてみるとあまり目新しいことは言っておらず、どこかで聞いたような話がほとんどです。

「現代哲学は、時代の変遷や科学技術の発展に応じて多少の変化はあるものの、昔にあった哲学の焼き直しに過ぎないのではないか。」このような疑問を、哲学を専攻している私の友人に聞いてみたところ、「そうかもしれない。アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドという哲学者が『西洋哲学は全てプラトン哲学の注釈に過ぎない。』と言っている。」ということでした。

プラトンは今から約2500年前の古代ギリシャの哲学者です。つまり、西洋の現代哲学や価値観(例えばヒューマニズム、人権、民主主義)は全てプラトン哲学の焼き直しと言っても良いのです。

もちろん、哲学はギリシャだけでなく中国(儒教や道教)やインド(ヒンドゥー教や仏教)等にも古代から有りましたし、「多様性」が重んじられる現代ではこれらを取り入れた哲学ももてはやされています。が、これらもまた焼き直しに過ぎないのです。

正に聖書の言葉通りです。「『これを見よ。これは新しい』と言われるものがあっても、それは、私達より遥か先の時代に、既に有ったものだ。(伝道者の書1:10)」

幸いなことに、私たちクリスチャンは聖書を知っています。世の人々のように、新しいように見えて古い哲学に振り回されませんし、振り回される必要もありません。みことばに示されている聖書の価値観に従えばよいのです。

(松田一真)