みことばの乳

先月の礼拝メッセージは、第一ペテロ2章の「みことばの乳を慕い求めなさい」という箇所から語られました。私は話を聞いている時に、学校で学んだことを思い出しました。

それは、人体生理学という講義で教わったタンパク質の代謝についてです。タンパク質は、人体の重要な構成要素の一つであり、私たちはこれを栄養として摂取する必要があります。タンパク質はアミノ酸という物質がいくつも連なってできています。人間は動物の肉や豆類などを食べてタンパク質を取り込むと、それを胃腸で一旦アミノ酸に分解し、さらにそのアミノ酸を自分の肉に再合成するのです。

ところが、母乳は違うのです。赤ちゃんは、母乳のタンパク質をアミノ酸に分解せず、そのまま吸収することができます。母乳は母親の身体からできているので、赤ちゃんはそのたんぱく質をそのまま受け入れることができるのです。

このことから、「乳飲み子のようにみことばの乳を慕い求めなさい」とは、聖書のみことばを単体のアミノ酸のようにバラバラに分解せず、そのまま丸ごと受け止めなさいという意味にもとれます。

また、母乳が人体由来であるゆえに乳児がそのまま受容できるということは、神の霊感によって記されたみことばを、同じ神の霊、御霊を受けた者が悟り、受容できることを裏付けているのではないかと思いました。

今回、このような黙想ができたこと、嬉しかったです。以前、ある姉妹から教えられて、どんなことも神様にあって役に立つと思って勉強することを心に留めていました。その実が結ばれたのだと思います。直接聖書を学ぶのではない学びであっても、祈りつつ勉強するならば、将来生かされる時が来ることを体験しました。

これまで学校や人生で学ばれたこと、またこれから学ばれることが、みことばの理解を深めることに生かされると信じます。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)。(松田七海)