チャップリンとヒトラー

喜劇王チャールズ・チャップリンの作品に、「独裁者」があります。ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーをパロディ化した映画です。(ふたりは同じ1889年生まれ、誕生日も4日しか違いません)

 映画の前半、チャップリンがヒトラーそっくりの恰好で、でたらめなドイツ語で6分も演説します。抱腹絶倒の場面で、真剣な顔で「ザワークラウト!(ドイツ料理のキャベツの酢漬け)」とか「シュニッツェル!(肉料理)」とか叫んでいる。「中身のない独裁者」として、ヒトラーを徹底的に笑ってやろうというシーンです。

 一方、チャップリン扮するユダヤ人の床屋さんは、捕まって収容所に入れられ、そこから脱走します。しかし、盗んだ軍服に着替えていた上ちょびひげだったので、ヒトラーと間違えられ、民衆に演説することになってしまう。この床屋のスピーチに、チャップリンが伝えたい真剣なメッセージがあります。

 「私は人を支配するのではなくて、助けたい。ユダヤ人も異邦人も、黒人も白人も」と演説が始まります。そして、「ルカの17章に書かれている。神の国はあなたがたのうちにある、と。それは、ひとりではなく、一部の人々ではなく、すべての人のうちに、自由を作り出すことだ」と続いていきます。

 映画は公開前から物議を醸しました。ヒトラーの残虐さが判明していなかった当時、事を荒立てるなと、欧米諸国が圧力をかけます。しかしチャップリンは、「これを諦めたら、何のために成功を築いてきたか分からない」と押し切り、ファシズム批判を前面に出すことをやめなかった。そして1940年、イギリスがドイツへ軍事攻撃を始めたまさにそのただ中で、映画は公開されます。

驚くべきはその直感と勇気です。彼は、未来に何が起きるかをきちんと感じ取りました。撮影当時ユダヤ人の強制収容所はまだありませんでしたが、彼は自民族中心主義の行き着く先を正確に予測し、正しい嫌悪感を持っていた。そして、どれほど圧力をかけられても、正しいことをはっきりと世界に主張しました。神の国の広がりを祈る者の生き方を、このひとりのコメディアンから学びます。(新田優子)