神が基準?人間が基準?

11月初頭より光生牧師がリードしてくださっている「ヘブライズムVSヘレニズム」の学びに参加させていただいています。今回は極僅かではありますが、学びの分かち合いをさせてください。

そもそも「ヘブライズム思想」と「ヘレニズム思想」とは何なのでしょうか。ヘブライズムとは「創造主なる神が万物の基準である」とする考え方です。対して、ヘレニズムとは「人間が万物の基準である」とする考え方です。名前は似ていますが、まったくの別物です。この2つの思想の違いは聖書にも記されています。例えば以下のような2つの聖書の箇所

 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)

ピラトはイエスに言った。「真理とは何ですか。」(ヨハネ18:38)

 神であるイエス様が真理とは「わたしである」と自分自身のことを指して言っているのに対し、ピラトは、真理とは「何か」と概念的・思想的に捉えてしまっています。私たちはここの箇所からイエス様(創造主)が考えている「真理」の基準と、ピラトが考えている「真理」の基準に明確な違いがあることを見てとれます。

どちらが「ヘブライズム(神が基準)」の考え方で、どちらが「ヘレニズム(人が基準)」の考え方なのでしょうか。当然、神であるイエス様の「真理とは『誰か』」という考え方が「ヘブライズム」であり、人であるピラトの「真理とは『何か』」という考え方が「ヘレニズム」です。

――では、ここで皆さんに尋ねておきたいと思います。皆さんは「真理とは誰か」という問いと「真理とは何か」という問いと、どちらの方が違和感なく自然だと感じるでしょうか。

 私たちは自分が想像している以上に人間を基準とした考え方を知らず知らずのうちに抱いてしまっています。――それらが拭い去られ、創造主なる神の基準に立ち返る機会が与えられる貴重な学び。この豊かな学びに加わる人がもっと起こされてほしいと願うばかりです。(中村瑞来)