良い行いの機会に備える

1930年代、ナチスが政権を握るドイツのミュンヘンでの話です。

 ある若いユダヤ人女性がバスに乗っていると、ナチス親衛隊(SS)の隊員が突然乗り込んできて、乗客の身分証明書を検査し始めました。ユダヤ人だと判明した乗客はバスから降ろされ、別のトラックに乗せられていきました。

 そのユダヤ人女性は、SSの隊員が自分に近づいてくるのを見ながら震えだし、泣き始めました。

 女性の隣に、ドイツ人の男性が座っていました。その男性は優しく、どうして泣いているのですかと女性に尋ねました。女性はその男性に、「私はユダヤ人です。このまま連行されてしまうでしょう」と言いました。

 するとその男性は態度を豹変させ、大声でその女性をののしりはじめ、「この馬鹿女!」と叫びました。

 とても痛々しい光景が目に浮かびますが、この話には続きがあります。

 大声をあげている男性のもとにSSの隊員が近づいてきて、どうしたのかと尋ねました。するとその男性は言いました。「こいつは本当にどうしようもない女だ。私の妻は、今日もまた身分証明書を忘れてきたんだ。もうこいつにはうんざりだ!」SSの隊員は笑いながらその場を去っていき、女性は拘束されずにすみました。

 その女性はその後戦争を生き抜き、長寿を全うしましたが、バスの隣に座っていた男性とは二度と会うことがなく、その男性の名前さえ知らないそうです。

 ユダヤ人に対する迫害が始まっている時代、隣の乗客がユダヤ人だと分かれば嫌悪感をむき出しにしてもおかしくはありません。しかし、この男性はとっさに機転を利かせ、名前も知らないユダヤ人女性の命を救ったのです。

 自分が同じ立場であったら、とっさにここまでのことができるだろうかと考えさせられます。良い行いによって人を助ける機会は、いつどこで訪れるか分かりません。神の国をもたらす使命を受けている者として、いつでも瞬時にその働きができるよう、備えていたいと思わされます。(菅野律哉)