羽生善治と「氷点」

 10年前、初の7冠を達成した棋士の羽生善治氏の愛読書は、三浦綾子の「氷点」なのだそうです。「氷点」は、人間の内側に潜む罪の性質、つまり「原罪」をテーマにした小説ですが、何が彼を引き付けたのでしょうか(日経61025夕刊参照)。

 登場人物の医師辻口は聖書の「あなたの敵を愛しなさい」という教えを実践し、わが子を殺した男の娘を引き取って育てます。しかし、その崇高な行為の裏には、妻の不倫を疑って復讐する意図を潜んでいました。妻の夏枝も夫への疚しさからその娘を愛します。周囲の人たちも、この夫婦を支えてはいるものの、内側には問題を抱えていました。

 人間というものは、どんなに外面はよく見えても、内には人には言えない悩みを隠しているのだと知ったとき、羽生氏の心は楽になったそうです。若くして次々とタイトルを獲得したものの、相手は年長者ばかり、父親ほども離れた棋士とも対決する場合も多く、気後れすることもあったようです。しかし、人間みな、いくつになろうとも、またどんなに立派に見せかけようと、内には憎しみ、妬み、劣等感・・・など闇を宿す罪人です。その事実の前に、みな平等なのです。年長者や目上の人は敬うべきですが、臆することはありません。

 しかし、臆する必要がないことだけで満足すべきではありません。自分の闇を解決して、むしろ人間関係で主導権をとれるようにべきです。主導権をとれるのは誰か。それは年齢や地位に関係なく、罪の暗闇を早く脱した者です。戦国時代、武士といえども刃を向けあうと、両者とも死の恐怖で目の前が暗くなるが、早くその恐怖を克服した方が闇を脱し勝利したそうです(武田『甲陽軍鑑』)。私たちは、キリストの十字架によって罪の闇を脱しました。罪責感や疚しさを心の闇に隠していない者が、人間関係で主導権を取れます。つまり、気後れせず人を主に導けます。心に疚しさがあるなら、人後に落ちます。常に悔い改めの心を持ち、疚しさがないという確信で、主を伝えることができるようにしておきましょう。