10月31日は、宗教改革記念日です。宗教改革は、1517年の同日、31歳のルターがヴィッテンベルグ城教会(独)の門扉に、一枚の紙(95か条の論題)を掲げたことが発端になりました。免罪符など金銭で魂の救いを売買する当時のカトリック・ローマ教皇庁に公然と異議を唱えたのです。私たちは宗教改革の伝統を受け継ぐプロテスタントですが、それはローマ・カトリックの「最終的権威はローマ法王にある」という立場に抗議(プロテスト)する者という意味をもっています。
今日は、プロテスタント信仰の原点を思い起こしましょう。基本的には次の三つです。
1.聖書のみ・・・聖書だけが真理の権威
2.信仰のみ・・・行いではなく信仰にのみで救われる。福音の真髄は十字架である
3.万民祭司・・・聖職者と信徒の差別はなく、神の前に平等」
ルターはウォルムズの帝国議会に召喚された時、友人たちは「命が危い」と止めましたが、「たとえ屋根瓦の数ほどの悪魔がいても、私はウォルムズに行く」と議会に乗り込みました。皇帝、ドイツ諸侯、教皇庁使節など聖俗の高官の前で、ルターは自分の立場を撤回するように命じられました。しかし、「聖書の証拠と正当な論議によって私を反駁しなさい」と、その圧力に屈しませんでした。その時彼が残した言葉が、「私はここに立つ。主よ、助けたまえ」です。貧しい農民出身の修道僧が皇帝や教皇庁を相手にただ独りで立ち向かい、真理に堅く立ち続けたのです。
ルターのこの信仰と勇気がなかったら、今日の教会はなかったかもしれません。あの一枚の紙が、ほどなく16世紀のヨーロッパを根底から揺り動かし、以後の欧米社会の構造に大きなインパクトを与えることになりました。トーマス・カーライルは、この時が「近世史の最大場面であり、それ以後の全文明史の源になった」と述べています。