エゼキエル6章14節

「・・・するとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう」(エゼキ6・14)。エゼキエル書には、この表現が50回以上出てきます。その使われ方は二つです。一つは、主が罪を裁き死と荒廃をもたらされるときであり、もう一つは主が救いと回復をもたらされるときです。私たちは、主の懲らしめを受けて痛むときも、憐れみを受けて喜ぶときも、主の愛と義を思い知って、主をほめたたえるべきなのです。