和解の道

1945年5月8日、第二次世界大戦でドイツが無条件降伏をして40年経った記念の日、ドイツ大統領であったヴァイツゼッカーが演説の中でこんな話をしています。

 

「私はアウシュヴィッツやイスラエルで活動してきた<償いのしるし運動>のことを忘れることができません。ライン下流のクレーヴェ(Kleve)の町のある教会の人々は、最近ポーランド諸教会から、和解と連帯のしるしとして贈られたパンを受け取っています。この教会はそのパンのうちひとつを更に英国のある教師に送りました。なぜかと申しますと、この教師は自分で名乗り出て手紙を書き、あの戦争の時、自分は爆撃機に乗り、クレーヴェの教会と住宅を破壊したのだと言い、和解のしるしに何かを頂きたいといってきたからであります。」

 クレーヴェはドイツの町です。ドイツは第二次大戦でポーランドを侵略し、多くの命を奪い、国土を荒らしました。そのポーランドの諸教会からドイツのある教会に「和解のパン」が贈られたのです。そしてクレーヴェの教会は、クレーヴェの町を爆撃した英国人教師に「和解のパン」をお裾分(すそわ)けしました。その英国人教師が和解のしるしを求めて来たからです。

 ドイツの諸教会が和解を求めてポーランドのある教会にパンを贈ったというのならわかります。そして、英国人教師が和解のしるしを送って来たというなら理解できます。そのあべこべなのです。

しかし、これこそが、キリストが私たちに命じておられることではありませんか。

「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい」(ルカ6:27、28)。

 キリストにとっては、これが常識なのです。むろん、クリスチャンにとっても常識といえましょう。その常識を実行しさえすれば、人々にとっては常識を超えた驚くべきことになるんですね。それが和解と平和への道です。