ミシュランガイド現象

フランスの会社による「ミシュランガイド東京」が話題なのだそうだ。ミシュランは、どのような人物がどのような基準で評価したのかを全く公表しないまま、東京のレストランを格付けし、本にして売り出している。その格付け本が、昨年は30万部売れ、ミシュランブームを起こしたという。今年もマスコミで取り上げられた。他の国々にはない現象なのだそうだ。

 う〜ん、パリのレストランが、東洋の企業に同じように店の番付をされたら、フランス人は謙遜に受け止めるだろうか。フランス人は誇り高い国民だ。我慢できないだろう。あるいは、三千年の食文化を誇る中国に、東京のレストランが格付けされたら、東京人の間にブームが起こるだろうか。

 日本人は、ブランド、格付け、権威に弱いといわれる。欧米人による評価には、特に、情けないほどに弱い。ミシュランブームはそれを裏付ける現象だと、あるコメンテーターたちは憤っていた。

 テレビで、働きづめでも豊かになれないワーキングプアと呼ばれる人たちの実情(月収10万円)を見た後に、三ツ星のお店でのディナーが一人5〜10万円と聞かされると、ため息が出る。餓死者を出している貧しい国々のことを思えば、平気で食べられる食事ではない。お金に糸目をつけず、豪華さと見栄で驚かすことを追求する店よりも、安全な食材で、廉価、清潔、普通のおいしさを追求・工夫する庶民的なお店に三ツ星を上げたいものだ(それを目指しているのは、家庭の食卓だと思うのだが)。私は、基本的には、「食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです」(Iテモテ6・8)という立場を目指したい。まともな時代感覚を失わないために。

 「衣食住」をブランド化し、「外見の美しさ」を格付けし、「出身大学や地位」で権威付ける風潮からは、超然としていよう。最初の人アダムの妻エバが、食べてはならない「善悪を知る木の実」に魅せられて、「いのち」を失ってしまったことを忘れてはならない。「そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった」(創世記3・6)のだ。それに食いついたエバは、まさにブランド、格付け、権威に弱い女性だったといえるのではないか。