「この夏、夫のオフィスが、突然本社の命令で閉じることになり、職を失う事態になりました。一方、2年ぶりに外に出ていた娘も息子もうちに戻り、家族全員仲良く生活する機会となり、今まで失われていたものが取り戻せる幸いを得ました。すべてハレルヤです。」友人から、そんなクリスマスカードが来ました。
世界的な大不況で、失業者の悲惨な事態、犯罪の増加などが報じられ、社会は不安と恐れに包みこれそうです。しかし、私たちは信仰を持って、むしろ「失われていたものの回復の時」「新しいものを生み出す時」とみなしたいと思います。
このような時代には、確かに、今まで失われていた良きものが取り戻されます。
今までの枠組みが崩れ始め、別のシステムが新しく構築されることになります。そのようなときこそ、新しい価値観を生み出すチャンスです。人を見る目、自分を見る目も変わるはずです。
変わることのない、確かなものは何なのか、今まで考えることがなかったことに、人々の心の目が向かうようになります。
自分が欲していたものと、自分にとって本当に必要なものとは違うということに、気づき、自分の人生に絶対必要なものを求めるようになります。
教会にとっては、そうした永遠不変の確かなもの、人間のたましいが本当に必要としているものを指し示すチャンスです。
ルカ15章で「放蕩息子」は、遠国で食うにも困り、「豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ』」とあります。
豚の餌を食べる直前、彼は我に返りました。「我に返る」とは、「私は父に愛される子である」という自覚の回復です。私たちも「我に返る」時です。