ヨハネ20・25
「私はその手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をその脇に差し入れてみなければ、決して信じません」(ヨハネ20・25)。 キリストの復活を弟子トマスだけは疑いました。後に実際に復活のキリストを見て信じるのですが、主は「見ずに信じる者は幸いです」と諭されました。でも、トマスが疑ったおかげ…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「私はその手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をその脇に差し入れてみなければ、決して信じません」(ヨハネ20・25)。 キリストの復活を弟子トマスだけは疑いました。後に実際に復活のキリストを見て信じるのですが、主は「見ずに信じる者は幸いです」と諭されました。でも、トマスが疑ったおかげ…
「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか」(ヨハネ20・15)。 マグダラのマリヤはキリストの墓に来て、泣きながら「死んだキリスト」を捜していました。しかし、見つけたのはよみがえられたキリストでした。あなたもキリストが死んだままであるかのように、嘆き悲しんではいませんか。主は生きておられ、あな…
「完了した」(ヨハネ19・30)。 主は、十字架の死によって人類の救いを完了されました。つまり、人は主を信じるだけで救われるようになったのです。救われるとは永遠のいのちを受けることですから、信じた人の人生自体が完了したことを意味します。クリスチャン人生はこの「完了した」から始まっています。クリスチャンは…
「わたしは渇く」(ヨハネ19・28)。 「生ける水」の源であるキリストが十字架上で渇かれました。主が渇かれて、「永遠のいのちへの水」が私たちの心に湧き出るようになりました。喜びの源が私たちのまっただ中に住まわれるのです。もはや渇くことはありません。もし渇くとしたら、別のもので心の渇きを満たそうとしている…
「それが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません」(ヨハネ19・11)。 キリストはピラトの権力を恐れられませんでした。父なる神が与えた権威でなければ無力だからです。父は一切の権威をキリストに与えられました。私たちは主の権威にのみ服します。不当な評価や圧力に対して…
「真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います」(ヨハネ18・37)。 キリストがローマ総督ピラトに語られた言葉です。しかし、ピラトは世の富と権力に執着し、真理と向かい合うことができず、結局、5年後に総督を罷免されて自殺したと伝えられています。私たちも主の声に聞き従うかどうか、日々決断を迫られます。辛…