ローマ4章8節
「主が罪を認めない人は幸いである」。「主が罪を認めない人」とは、信仰の原理で義とされた人です。主はその人を「主の囲い」の中に置いて守り、ともに楽しみ、喜ばれます。もはや何も恐れる必要はありません。そこで十分「幸い」を満喫できるのです。それゆえ自らインターネット(SNS)の世界に迷い込み、偽の福音や架空…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「主が罪を認めない人は幸いである」。「主が罪を認めない人」とは、信仰の原理で義とされた人です。主はその人を「主の囲い」の中に置いて守り、ともに楽しみ、喜ばれます。もはや何も恐れる必要はありません。そこで十分「幸い」を満喫できるのです。それゆえ自らインターネット(SNS)の世界に迷い込み、偽の福音や架空…
「何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです」。これこそがキリストの恵みの真髄であり、罪人への希望の言葉です。この恵みに立ち返ること、それが悔い改めです。恵みを忘れれば、クリスチャンであっても恐れや無気力に陥り、気づかずに高慢や卑屈になったりし…
「それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行いの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです」。自分は正しいと誇るなら、まだ自分の罪深さを知らないのです。逆に、自分のような罪深い者は救われないと思うなら、十字架の…
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです」。この島国でキリストと出会い、信仰義認の恵みを受けました。これ以上の幸いはなく、不平不満があるはずもないのです。あとは残された人生を、いかに感謝と…
「この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される」。私たちはどんな事も、主の戦いとして立ち向かいます。自力による、自分のための戦いを戦い抜こうとすれば、いつか力尽きて倒れます。主は事の大きさより信仰の大きさを問われます。信仰が…
「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ」。ゴリアテと戦うダビデの宣戦布告です。万軍の主があなたのために戦われます。常に神の国という主のホームグランドで、主の御名によって戦うのです。自分の…