今日のみことば

聖書のことばとショートメッセージ

マルコ8章34節

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」。キリストを自分の人生の脇役にしてはいませんか。あなたが主人公の座から降り、キリストにその座を譲らないかぎり、ダイナミックな人生は開かれません。この世は、自分、自分、自分です。しかし主にとっては…

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マルコ8章33節

「下がれ。サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。ペテロが自分の思いで発した言葉は、主の十字架の道を妨げるものでした。人間の理屈や感情から良かれと思ってしても、かえって主の働きを妨げ、サタンに加担してしまうことがあります。神中心に考えず人間の心情だけで行うなら、善意であっても…

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マルコ8章29節

「『では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。』ペテロが答えてイエスに言った。『あなたはキリストです』」。イエスをキリストと告白することは、主イエスのありのままを全面的に受け入れることです。主の愛の心地よさだけではなく、義の厳しさをも受けとめることです。そうして初めて、主の愛の真の力と深さが…

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マルコ7章33b、34節

「その両耳に指を差し入れ、それからつばきをして、その人の舌にさわられた。そして、天を見上げ、深く嘆息して、その人に『エパタ』、すなわち『開け』と言われた」。なぜ主は「エパタ」の一声だけで癒されなかったのか、それはわかりません。ただその人は主のなされるままになり、話せるようになりました。自分の方法に…

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マルコ7章28節

「主よ。そのとおりです。でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます」。「子どもたち(イスラエル)のパンを、小犬(異邦人)に投げてやるのはよくない」と言われた主イエスに、フェニキア人の女は「小犬」としての権利を主張しました。主は「そこまでいうか」と女の信仰に感嘆し、その願いを聞かれ…

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申命記34章9節

「ヌンの子ヨシュアは、知恵の霊に満たされていた。モーセが彼の上に、かつて、その手を置いたからである」。日本にも、知恵の霊に満ちた伝道者が次々と起らなければなければなりません。でなければ日本の福音宣教は廃れます。クリスチャンなら誰にでも、主から授けられた賜物と役割があるはずです。なんとなく信仰生活を…

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