哀歌5章20、21節
「なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください」(哀歌5・20、21)。主との関係を回復するために、こうした切実な祈りをささげましょう。回りくどい祈りを重ねるよ…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください」(哀歌5・20、21)。主との関係を回復するために、こうした切実な祈りをささげましょう。回りくどい祈りを重ねるよ…
「口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。主は、いつまでも見放してはおられない」(哀歌3・29~31)。罪を犯して主の懲らしめを受けるときは、防衛的にならず、余すところなく打たれる覚悟をしましょう。中途半端な悔い改めで終われば、また同じことを繰り返しま…
「人が、若い時に、くびきを負うのは良い。それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい」(哀歌3・27、28)。筋力は負荷をかけられなければ衰退していきます。一度も重荷を背負ったことのない人生は、生きなかったのと同じです。元気な人は岐路に立って迷ったら、より困難な道を選び、重荷を負ったほうがいいので…
「主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。主の救いを黙って待つのは良い」(哀歌3・25、26)。主の慈しみを感じられないのは、私たちが心の中でしゃべりすぎてうるさいからです。疑いのざわめきや恐れの叫びを黙らせましょう。妬みの声も人を裁く声も静めましょう。聖霊を心に迎える祈りと心の静まり…
「『あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です』と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む」(哀歌3・23b、24)。主の憐れみによって罪赦された私たちが、主以外の何を望むべきでしょう。主が私の父、私の友です。その主から何を受けても、それが私たちの分です。しかも、主は私たちには分不相応な恵みを…
「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい」(哀歌3・22、23a)。私たちも主に滅ぼされて当然の罪人です。それでもなお、生かされているのは、主の憐れみ以外の何ものでもありません。その憐れみに慣れ、鈍感になってはいませんか。鈍感は、主の恵みを無駄に…