ネヘミヤ8章10節b
「今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ」。私たちは主日に、主を喜ぶために集まります。自分の罪や失敗を数え上げて悲しむためではありません。なぜ今さら自分の無力さを嘆くのですか。むしろ、主が注いでくださった恵みを数えて、主に感謝し、ほめた…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ」。私たちは主日に、主を喜ぶために集まります。自分の罪や失敗を数え上げて悲しむためではありません。なぜ今さら自分の無力さを嘆くのですか。むしろ、主が注いでくださった恵みを数えて、主に感謝し、ほめた…
「・・・祭司エズラは、男、女、および、聞いて理解できる人たちすべてからなる会衆の前に律法を持って来て、水の門の前の広場で夜明けから真昼まで、男、女、および理解できる人たちの前で、これを朗読した。民はみな律法の書に耳を傾けた」。多忙を弁解にせず、定期的にまとまった時間を取って、集中的に聖書を読むこと…
「私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです」。それがパウロの願いです。でも、地上にとどまれば宣教の働きが実を結ぶことになります。パウロは人のために肉体にとどまり、福音を伝えることを選びます。自分のためで…
「私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です」。時間も知識も富も、所有するものすべてがキリストのものです。私は自分のために生きることを止めたので、キリストが私を生きてくださいます。私の死さえも、結果的に最善となるように導かれます。なので、人生に起こるすべての事が益だと確信できます。生きること…
「私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられることです」。あなたの切なる祈りと願いは何ですか。それが何であるかで、今日の生き方が決まります。キリストは偉大です。その偉大さが自分の身に具体的に現われること、そ…
「見せかけであれ、真実であれ、あらゆる仕方でキリストが宣べ伝えられているのですから、私はそのことを喜んでいます」。純粋な動機ではなく、自己実現や競争や妬みで福音を伝える人たちがいるが、それでもキリストが伝えられているのだから喜ぶ、とパウロは言います。私たちの目的と願いは、人々の救いと神の国の広がり…