Iコリント10章11節
「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです」(Iコリント10・11)。将来に幻を持たない国民は堕落します(29・18)が、過去に起こったことを後世に伝えず、伝えられたことから何も学ばない国民も、同様に落ちぶれていきます。聖書は、過去…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです」(Iコリント10・11)。将来に幻を持たない国民は堕落します(29・18)が、過去に起こったことを後世に伝えず、伝えられたことから何も学ばない国民も、同様に落ちぶれていきます。聖書は、過去…
「私は自分の体を打ち叩いて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです」(Iコリント9・27)。人に福音を伝えながら、伝えている自分が福音の恵みを見失ってはいませんか。恵みさえ見失わなければ。たとえ困難でも、どんなに時間がかかっても、汗を流し涙も流し…
「私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません」(Iコリント9・26)。どんなに早く走っても、ゴールを間違えれば失格です。闇の中を無目的に走り回るのは、愚かで危険です。標的の周囲を回りながら、届かぬパンチを繰り出すだけでは何の意味もありません。光の中で決勝点を見…
「闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです」(Iコリント9・25)。スポーツ選手は世の栄冠を得るために、今の生活のすべてを投入します。ならば、私たちが主の栄光のために全生涯をささげ、すべてを投入するのは当然で…
「そむきの罪をおおう者は、愛を追い求める者。同じことをくり返して言う者は、親しい友を離れさせる」(箴言17・9)。愛は多くの罪を覆います(Iペテ4・8)。愛の人になるために、人の罪は赦して、忘れたことにしてあげましょう。人の罪を思い起こしては繰り返し責める人はうっとうしい存在です。また、ここぞというときは…
「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる」(箴言17・1)。もう少しいい食事、もう少し大きな住まい、もう少し高級な服が私を幸せにすると思うのは錯覚です。それらがかなっても、心の渇きを癒せるわけではありません。これからの時代、「一片の乾いたパン」でも心が満たされ平…