ヨハネの福音書9章39節
「わたしは裁きのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです」(ヨハネ9・39)。「私は見えている」という人は、実は何も見えていません。「見えている」と言い張る限り、盲目のままです。しかし、見えていないことを謙虚に認める人には、主が見えるようにしてくだ…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「わたしは裁きのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです」(ヨハネ9・39)。「私は見えている」という人は、実は何も見えていません。「見えている」と言い張る限り、盲目のままです。しかし、見えていないことを謙虚に認める人には、主が見えるようにしてくだ…
「ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです」(ヨハネ9・3)。イエスに目を開けていただいた者の証言です。キリストの恵みを受ける前と受けた後とで自分がどう変わったかを、事実のまま語ることが、キリストを証言することです。その事実は理屈よりも強いのです。事実が信仰を揺る…
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです」(ヨハネ9・3)。主が生まれつきの盲人を見て言われた言葉です。生来の弱点や障害は私たちを苦しめます。しかし、主はその弱点を、神のわざを実現するための手段と見ておられます。敗北の人生を歩んではなりません。もしあなたが…
「わたしがもし自分自身に栄光を帰するなら、わたしの栄光はむなしいものです。わたしに栄光を与える方は、わたしの父です」(ヨハネ8・54ab)。どんなことを成し遂げたとしても、それは主の恵みと憐れみによるのです。自分を誇りたい誘惑を打ち勝ち、主を誇りましょう。自分を誇るなら、栄光は恥辱に変わります。謙遜こそ…
「ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです」(ヨハネ8・36)。偽りの自由には目的や倫理の枠がありません。しかし、ほんとうの自由には、神の御心に沿った目的と、愛と義という枠があります。その枠を外れて自分の思うままに行動すると、逆に自由は失われ、自分を害することに…
「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8・32)。真理が与える自由とは、罪の縛りからの解放です。苦しみのときにも感謝ができる自由、失敗しても希望をもつ自由、傷つけられても傷つかない自由、悪に善もって返す自由、成功しても謙遜になる自由、自分の損得勘定で行動しない自由で…