HOP(House of Prayer)
HOP(House of Prayer)は讃美歌を聴きながら自由に祈りたい人のための空間です。ひとりで祈ることができなくてもHOPに来ると不思議と祈ることができるという声も。何か決まった形式があるわけではありません。来たい時間に来て祈り、帰りたい時間に帰る。日常の喧騒から離れて神の前に静まり祈りを捧げることから何かが始…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
HOP(House of Prayer)は讃美歌を聴きながら自由に祈りたい人のための空間です。ひとりで祈ることができなくてもHOPに来ると不思議と祈ることができるという声も。何か決まった形式があるわけではありません。来たい時間に来て祈り、帰りたい時間に帰る。日常の喧騒から離れて神の前に静まり祈りを捧げることから何かが始…
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです」(ロマ3・23、24)。救いはただです。神の恵みです。ただにするために、神の御子の命が代価として支払われたのです。恐るべきことです。代価が大きすぎて、人は…
「彼らのうちに不真実な者があったら、その不真実によって、神の真実が無に帰することになるでしょうか」(ロマ3・3b)。無神論者が誠実であったとしても、無神論は誤りです。たとい、すべてのクリスチャンが不真実であっても、神は真実です。真理は人に左右されません。クリスチャンにつまずいてはなりません。人をつまず…
「かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字(もんじ)ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは人からではなく、神から来るものです」(ロマ2・29)。心に割礼を受けていれば、自ずから、聖霊の品性と愛が行いに滲み出るようになります。本物のクリスチャンは隠れた行いを誇りとします。人から…
「外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません」(ロマ2・28)。割礼とは、神と祝福の契約を結び、永遠のいのちを受け、神に属する者になったしるしです。外見上の変化なのではなく、聖霊が心に刻まれたことによる内的変化であり、行いの変化です。もし名目だけのクリスチャン…
「神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります」(ロマ2・6)。「行いによる救い」のことではなく、神の裁きの公正さを教えています。「神にはえこひいきなどはない」(11)のです。私たちの行いは、隠されたことも、光の中で正しく報われます。あなたの隠れた善行も、小さな勇気も、目立たない正し…