伝道者3・11bc
「神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない」(伝道者3・11bc)。 人の心には無限の空洞があります。人はそれを満たそうと、快楽、知識、名声、人の愛、富を求めます。でも、世の何をもってしても満たせません。永遠なる方と出会うまでは、…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない」(伝道者3・11bc)。 人の心には無限の空洞があります。人はそれを満たそうと、快楽、知識、名声、人の愛、富を求めます。でも、世の何をもってしても満たせません。永遠なる方と出会うまでは、…
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」(伝道者3・11a)。 自分の悟りに頼らず、何事においてもまず主を認めましょう。そうすれば、神がご自身の時に、すべてを整えてくださいます。何もせず見ていればいいのではありません。神の時がくれば、なすべきことは大胆になすのです。忍耐する、進む、退く、話す、黙る…
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある」(伝道者3・1)。 人生には神が定められた時があります。神の時を待てるかどうかが、人生を左右します。「自分の時」を優先して、せっかちに動くと失敗します。「人の時」に扇動されてもなりません。神はご自分の時に、ご自分の方法で、私たちの祈り…
「実に、日の下で骨折ったいっさいの労苦と思い煩いは、人に何になろう。その一生は悲しみであり、その仕事には悩みがあり、その心は夜も休まらない。これもまた、むなしい」(伝道者2・22、23)。 この絶望こそ、真の希望の始まりです。虚無を知らなければ、真に価値ある生き方はできません。この絶望が、私たちをキリスト…
「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい」(ルカ22・46)。 ペテロらは、「ゲッセマネの園」で眠ってしまいました。ここぞという時に、かえって祈れなくなることがあります。しかし、それでも目を覚まして、祈りの姿勢は取り続けるべきです。雑念や、なすべきことのリストが思い浮かんでも、…
「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください」(ルカ22・42)。 「杯」とは、十字架で身代わりの死を遂げることです。ゲッセマネでの祈りの末、キリストは自分のいのちを父の御心に委ねられました。自分を捨て、「神の御心が私の上にな…