今日のみことば

聖書のことばとショートメッセージ

ルカ18・16

「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」(ルカ18・16)。 親の愛を信じて疑わない幼な子のように、無心で主に近づくことを忘れてはいませんか。まず、心の鎧(ヨロイ)を脱ぎ捨てましょう。それだけで、どんなに身軽になることか。そして、自分の理屈や言い訳を並べることを止め…

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ルカ18・13

「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください」(ルカ18・13)。 パリサイ人から罪人の代表として蔑まれた取税人の祈りです。私たちも自分を正直に見つめ、聖なる主を見上げれば、同じ祈りにならざるを得ません。主の憐れみを請うしかないのです。しかし、主はこうした「砕かれた心」の叫びを喜ばれます。人よりましだと…

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ルカ18・5

「どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない」(ルカ18・5)。 キリストは、「いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために」、この女のような執拗さを推奨されました。目の前の現象に屈…

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ルカ17・33

「自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い、それを失う者はいのちを保ちます」(ルカ17・33)。 自分の生活のことだけを考え、心が内向きになると、かえって可能性が狭まり、祝福が閉ざされてしまいます。むしろ自己犠牲的に主に仕え、主の栄光を第一優先にしていくとき、祝福の世界が広がっていきます。自分を与える…

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イザヤ59・1

「見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない」(イザヤ59・1)。 主と私たちの間に仕切りがあるなら、それは心の中に隠された罪が原因です。主はいつも私たちに顔を向け、耳を傾け、救いの手を差し伸べておられます。私たちも、心を主に向け直し、唇に自分の真実を告白させ、きよい…

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イザヤ58・13,14a

「もし、あなたが安息日に出歩くことをやめ、わたしの聖日に自分の好むことをせず、安息日を『喜びの日』と呼び、主の聖日を『はえある日』と呼び、これを尊んで旅をせず、自分の好むことを求めず、むだ口を慎むなら、そのとき、あなたは主をあなたの喜びとしよう」(イザヤ58・13,14a)。 聖日に捧げる礼拝を、一週間の生…

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