イザヤ45・22
「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない」(イザヤ45・22)。 主なる神を仰ぎ見ることを忘れ、自分で何とかしようと、あくせくしてしまうことはありませんか。自分が神になってはなりません。お金や知識を神としてはなりません。私たちの神は主だけです。自分を見ず、人を…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない」(イザヤ45・22)。 主なる神を仰ぎ見ることを忘れ、自分で何とかしようと、あくせくしてしまうことはありませんか。自分が神になってはなりません。お金や知識を神としてはなりません。私たちの神は主だけです。自分を見ず、人を…
「ああ。陶器が陶器を作る者に抗議するように自分を造った者に抗議する者。粘土は、形造る者に、『何を作るのか』とか、『あなたの作った物には、手がついていない』などと言うであろうか」(イザヤ45・9)。 「主が、私を私に造られたことを喜ぼう。主の目には、私は最高傑作である。」そう信じ、主の創造の意図に沿って生…
「わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ」(イザヤ44・22)。 「私には主のもとに帰る資格はない」と思ってはなりません。それは謙遜ではなく卑屈です。もしそんな資格を自分で持てるようになれると思うなら、それは高慢です…
「たとい、人の子をそしることばを使う者があっても、赦されます。しかし、聖霊をけがす者は赦されません」(ルカ12・10)。聖霊は人類に遣わされた最後の主です。この方が、私たちに真理を悟らせ、清め、力を与えてくださいます。それゆえ聖霊を拒否し、冒涜するなら、もはや真理を知る可能性も救われる道も失われます。逆…
「だれでも、わたしを人の前で認める者は、人の子もまた、その人を神の御使いたちの前で認めます。しかし、わたしを人の前で知らないと言う者は、神の御使いたちの前で知らないと言われます」(ルカ12・8、9)。 主イエスとの深い関係を誇りにこそすれ、人前で恥じるようなことがあってはなりません。主を誇りにする者は、…
「五羽の雀は二アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の一羽でも、神の御前には忘れられてはいません。それどころか、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です」(ルカ12・6、7)。 主がそのように保証しておられるのです。創造主に…