Iヨハネ4・12
「いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです」(Iヨハネ4・12)。 神を見たいのなら、互いに愛し合うことです。神は愛だからです。愛が全うされるところに、神は臨在なさいます。理屈を語っても、愛が…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです」(Iヨハネ4・12)。 神を見たいのなら、互いに愛し合うことです。神は愛だからです。愛が全うされるところに、神は臨在なさいます。理屈を語っても、愛が…
「私の目に眠りを与えません。私のまぶたにまどろみをも。私が主のために、一つの場所を見いだし、ヤコブの全能者のために、御住まいを見いだすまでは」(詩篇132・4、5)。 ダビデは、エルサレムに主の神殿を建てることを、何よりの願いとしていました。私たちも、主を礼拝することを、日常生活の第一の柱とすべきです。と…
「主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません」(詩篇131・1)。 偉大なことにチャレンジするのを止めよというのではありません。高慢になって大言壮語したり、無謀なことに関わったり、思いつきで事を始めたりするなということです。むしろ日頃の祈りと…
「主よ。あなたがもし、不義に目を留められるなら、主よ、だれが御前に立ちえましょう。しかし、あなたが赦してくださるからこそあなたは人に恐れられます」(詩篇130・3、4)。 主が残酷な審判者であるなら、主を恐れても意味はありません。ただ絶望あるのみです。しかし、主は慈悲深く、心打ち砕かれた者を赦す方です。そ…
「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。彼らは私に勝てなかった」(詩篇129・2)。 どんなに苦しみが続いても、敗北を認めてはなりません。私たちは苦しめられていても、主に仕えることはできるし、主の栄光を現すこともできます。病や不自由や貧困であっても、そうでないときよりも、むしろ偉大な働きをなすことが…
「幸いなことよ。すべて主を恐れ、主の道を歩む者は。あなたは、自分の手の勤労の実を食べるとき、幸福で、しあわせであろう」(詩篇128・1、2)。 自分の過失や成績不振に対して言い訳をせず、自分の責任を誠実に、全力で果たしましょう。それで人に評価されなかったとしても腐らず、主の前に「なすべきとをした」ことを喜…