外出自粛のコロナの日々

zoom(ズーム)やメッセンジャーと言ったアプリを使って、オンラインでエクレシアなどの聖書の学びをする機会が増えてきました。教会に集まれないとき、こういう手段は大きな味方にはなります。中高年にはそれについて行くのがやっとという感じです。

苦闘して遂にオンライン集会に参加ができ、4人、6人、8人・・・と互いの顔が画面上に見えたとき、手を振り合って喜びひとしおでした。ところが、入り方はわかっても出方がわからず、画面上にひとり取り残されることがあります。

◇あるとき妻が、メッセンジャーの終了ボタンが見つからず、そのままにしておいたら、もう一人、出られないままになっている方がいました。しかし、本人はそれに気づかないのか、やおら詩篇23篇の暗唱練習を始めました。それが、そのままこちらまで聞こえてくるのです。無防備な状態で発したことばが聖書で本当に幸いでした。よかったね、R姉。でも、皆さん、気を付けましょう。

◇賛美が大好きなK姉、教会で歌うことができなくなったので、自宅で歌います。しかし、隣の住人に聞こえてしまうことを気遣い、一番防音の利く部屋にこもります。それはトイレ。便座はちょうどいい高さなのだそうです。家の中で、トイレが一番「稼働率」が高くなっているかもしれません。

◇ある夫婦。妻が、「失業して家も何もかも失ったらどうする?」夫、「家族4人でテントを張って生活すればいいんだよ。どうせ僕たちは天国に行けるんだから」。これをさらりと真顔で言えることがスゴイ。でも、どこにテントを張るつもりで言ったのか。教会の屋上は、冬はめちゃ寒いし、夏はとんでもなく暑いよ。予め言っておきます。

 ストレスがたまりやすい日々に、笑いは余裕を、ユーモアはゆとりを生み出します。それは、迫害下の隠れ家でユダヤ人が生き延びた方法でもあります。

さて、今日は復活祭。死んだ者がよみがえるという、まさに起死回生、大逆転の日です。腹を抱えて大笑いし、心から喜びする日です。