和解 赦し赦されること

僕は弟と小さなことでよく喧嘩します。そのたびに謝り謝られる、そして赦し赦されることがあります。

けれど施設にいた時に、友達と喧嘩したときには、喧嘩の理由は、大きくはなくても、謝ると負けた気がして、謝れませんでした。謝ったとしても気持ちが入っていない「ごめんね」だったり、正面から謝っていませんでした。

しかし教会塾で、創世記を学んでいてある話が心に留まりました。それは、エサウとヤコブが喧嘩した話です。弟ヤコブは兄エサウが父イサクから、もらうはずの祝福を奪い取りしました。そしてエサウはヤコブを殺そう、とまで考えたのです。そのことをきっかけに、長い間離れてしまいました。けれどもヤコブは20年越しに、エサウと仲直りしようと会いに行きました。ヤコブは途中、人と争い、神様と戦い、勝利しました。そしてヤコブは、イスラエルという名前をもらいました。そして謝る決心をしました。そのあとヤコブはエサウと仲直りをしました。そのことを学び、初めて和解することはすごい、と思いました。

エサウは、もらうはずの祝福をヤコブに騙し取られたのに、謝りに来たヤコブを温かく迎えてあげたところがすごい、と思いました。そしてヤコブもあんなにひどい仕打ちをしてしまったのに、謝りに行ったこともすごい、と思いました。その話を読んでから、謝るときも謝られるときも、真剣にやろうと心がけることにしました。

それから喧嘩してもすぐに謝ることができるようになりました。

仲直りすると、心の中にあるモヤモヤが無くなりスッキリします。

そして、以前よりも、だれとでも仲良くなりました。また、和解をすることで、次からも謝りやすくなります。最近は弟とも仲良くできるようになって、前よりも生活が楽しくなりました。

そして平和を作って下さる神さまに感謝したいです。マタイの福音書にこんな言葉があります、「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの罪を赦してくださいます。しかし、人を赦さないのなら、あなたがたの父もあなた方の罪をお許しになりません。」(マタイ6:14~15)。 

(池田琉弥)