大きなこと、小さなこと

ある日の夜、私が家事で忙しくしている時、三男の末っ子が「ママ〜、◯◯やっといたよ〜。」と声を掛けてくれました。それは本当に些細で小さなことでしたが、とても助かったのでs三男に「ありがとう!小さなことに気付いてくれて!それはとても大切なことだよ!かっこいい!」と伝えました。私は、大きな気使いよりも、小さな気使いの方が嬉しいなぁ、と思いました。”よく見てくれている”と感じたからです。その後、上の子2人も交えて「みんなで小さなことに気付いて行動していける人になりたいね。」と分かち合いをしました。長男は大きく「うん!うん!」と返事をしていました(笑)

この事を通して考えさせられました。イエス様も同じだったように思えたのです。ルカ16章10節に「小さい事に忠実な人は大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。」とあります。まず、小さな事から主に忠実に仕えていくことを実践していける人でありたいです。

小さな喜びに目を留め、それを数えていくと心は自然と平安になります。その喜びの中に主を見出せるからです。どんなことでも小さなものほど幸いだなと思います。自分が小さく感じても卑屈になる必要はありません。

前に、教会の姉妹が教えてくれたことをシェアします。「イエス様の声は、か細くて小さい。だけど、サタンの囁きは大きくて目立つ。」です。誰かに見てほしい、と良い行いをしてもそれは空の空になってしまう、と私は思います(マタイ6章1〜4節)。人の見えないところで小さな助け手となっている人にこそ、主は目を留めてくださるのではないでしょうか。主はいつも私たちの行動ではなく心を見られます。一人一人に与えられた賜物や役目は違います。大きくても小さくても、主を畏れ、主の喜ばれる心を持っていれば、主は必ず見ていてくださることを信じます。 詩篇33篇18節「見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。」イエス様が愛してくださったように私たちも互いに愛し合えば、共に成長していくことが出来ます。与えられた神の家族は主からの恵みですから(^-^)

(3児のママ あさり)