I歴代誌17章16節
「神、主よ、私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで導いてくださったとは」。主の恵みに圧倒されたダビデの感嘆の声です。彼がサウルに追われて荒野を逃げ回った歳月は、主の栄光への助走でした。先日、試練の連続の中で「主に愛されていると実感する」という方の証しを聞きました…
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。
聖書のことばとショートメッセージ
「神、主よ、私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで導いてくださったとは」。主の恵みに圧倒されたダビデの感嘆の声です。彼がサウルに追われて荒野を逃げ回った歳月は、主の栄光への助走でした。先日、試練の連続の中で「主に愛されていると実感する」という方の証しを聞きました…
「私たちは、一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることはありませんでした。それは、福音の真理があなたがたのもとで保たれるためでした」。この世は、人間の体験や理屈に合わせて真理を組み立てます。それは賢そうでも、永遠のいのちにはつながりません。目の前の現実に屈服し、自分の都合に合う真理を選んではなりませ…
「ただ、人々は、『以前私たちを迫害した者が、そのとき滅ぼそうとした信仰を今は宣べ伝えている』と聞いて、私のことで神をあがめていました」。人々が私たちのことで主をほめたたえるようになる、これこそが私たちの目指すところであり、最高の喜びです。自分が称賛されることを求めているなら、生涯、この喜びは味わえ…
「・・・母の胎にあるときから私を選び出し、恵みをもって召してくださった神・・・」。神の一方的な選びと恵みによって、今日の自分があるのだということを忘れてはなりません。たとえ不条理な苦しみに陥ったとしても、神の選びと恵みは変わりません。常にその選びと恵みから始めるのです。自分の信仰の強さで立とうとす…
「私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。私はそれを人間から受けたのではなく、また教えられたのでもありません。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです」。「人間の教え」は時代とともに変化します。そうだと知っているなら、なぜ人間の教えに従うのですか。「キリストの啓示」は不変の真理で…
「今、私は人々に取り入ろうとしているのでしょうか。神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、人々を喜ばせようと努めているのでしょうか。もし今なお人々を喜ばせようとしているのなら、私はキリストのしもべではありません」。私たちは自覚せぬまま、神よりも人を喜ばせ、そして自分を喜ばせようとします。そ…