我が10年とGCC佐久

今年GCCは創立20周年を迎えましたが、私がGCCの神の家族に加えていただいて間もなく10年になります。私のこの20年のうち、前半10年は、神様からじわじわ離れ、背を向けていた人生。後半10年は、神様の元に引き戻され、神の家族に加えられた人生です。信仰を捨てたような歩みをしていた私は、母に時折連れて行かれるGCC(旧会堂)の礼拝は苦痛でしかありませんでした。「クリスチャンは偽善者」と憎しみにも近い気持ちと共に、神様がいても、私には関係ない、と。

そうした思いが一気に崩され、神様の元に引き戻されたきっかけは、2013年8月、父の突然の死でした。神様のなさることは、時に残酷に思えます。しかしその後の数ヶ月、悲しみや喪失感を紛らわすためにしたことは、礼拝に集うことでした。その間に私は、あれほど毛嫌いしていたクリスチャンの兄弟姉妹に何度も慰められ、偽善と思っていた愛は、本物であったことを身にしみて感じたのでした。その秋に、この群れに加わることを決意しました。

それからしばらくは、自分の犯してきた罪の重さに何度も苦しみ、涙し、後悔しました。そうして何度も打ち砕かれ、悔い改める経験を経て、自分の中にずっとあった苦しみや卑屈な思いが、いつの間にか消えているのに気付きました。真理を知ることは、あらゆることから自由になることでもあると知りました。残酷に思えた出来事の先に、主の恵みが用意されていたのです。

父が亡くなった場所は登山中の浅間山で、救急ヘリで運ばれた先は佐久医療センターです。川端牧師夫妻の移住先が佐久に決まった後、その病院がすぐそばであると知った時は、本当に驚きました。

先日、父の命日の数日前、GCC佐久を訪問しました。美しい浅間山を望むパン屋でお昼を食べ、佐久医療センターに初めて足を運びました。まだ自分の中に蓋をしている部分があり、辛い気持ちが込み上げてくるのではと思いましたが、平安でした。GCC 佐久の存在は、私にとって大きな慰めでもあり、神様の元へ引き戻されたことを忘れない場所にもなりそうです。

「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのだろうか。私の助けは天地を造られた主から来る」(詩篇121篇1—2節)。(津山祐子)